遠野の山人

遠野物語にはよく山に住む者の存在が登場しますが、この存在について明らかになっているものは全くありません。

遠野物語では下記のように書かれています。

 

【第三話】

 山々の奥には山人住めり。栃内村和野の佐々木嘉兵衛という人は今も七十余にて生存せり。この翁若かりしころ猟をして山奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳りていたり。顔の色きわめて白し。不敵の男なれば直に銃を差し向けて打ち放せしに弾に応じて倒れたり。そこに馳けつけて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪はまたそのたけよりも長かりき。のちの験にせばやと思いてその髪をいささか切り取り、これを綰ねて懐に入れ、やがて家路に向いしに、道の程にて耐えがたく睡眠を催しければ、しばらく物蔭に立寄りてまどろみたり。その間夢と現との境のようなる時に、これも丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立ち去ると見ればたちまち睡は覚めたり。山男なるべしといえり。
○現在の土淵町栃内

 

 これを読んで私はこの佐々木嘉兵衛という人物に対して憤りを感じざるをえませんでした。

 山の中で美しい女性を見つけて鉄砲で撃ち殺し髪の毛を切り取り懐に入れて帰ろうとしたのですから、とんでもない極悪人です。しかし、土淵町の栃内といえば今でも山深い所、ましてや遠野物語の時代背景を考えるとさらに山深き所だったのでしょう。こんな山の中で不自然な事があれば狐狸物の怪の類と思うのが当然だったのでしょう。佐々木嘉兵衛が微睡んでいる時に登場した丈の高き男の行動もわかりません。普通身内が殺されたりしたのであれば復讐するのではないでしょうか。黒髪を取り返し立ち去るだけというのも不思議です。仮に美しき女が死んでおらず(怪我をしただけ)佐々木嘉兵衛が里に下りた時に山人存在の証拠となりえる髪の毛の束を丈の高き男が取り返したというのであれば納得したような気がします。

【第四話】

 山口村の吉兵衛という家の主人、根子立という山に入り、笹を苅りて束となし担ぎて立上らんとする時、笹原の上を風の吹き渡るに心づきて見れば、奥の方なる林の中より若き女の穉児を負いたるが笹原の上を歩みて此方へ来るなり。きわめてあでやかなる女にて、これも長き黒髪を垂れたり。児を結いつけたる紐は藤の蔓にて、着たる衣類は世の常の縞物なれど、裾のあたりぼろぼろに破れたるを、いろいろの木の葉などを添えて綴りたり。足は地に着くとも覚えず。事もなげに此方に近より、男のすぐ前を通りて何方へか行き過ぎたり。この人はその折の怖ろしさより煩い始めて、久しく病みてありしが、近きころ亡せたり。
○現在の土淵町山口

 

 山口の吉兵衛さんは恐ろしくなって煩いお亡くなりになってしまったという可哀そうな人です。煩うだけで人は死なないでしょうと思いますが、平安時代などは驚いて死んでしまうこともあったそうです。そんな事ですから第五話のように恐ろしく思っていたのでしょう。

【第五話】

遠野郷より海岸の田ノ浜、吉利吉里などへ越ゆるには、昔より笛吹峠という山路あり。山口村より六角牛の方へ入り路のりも近かりしかど、近年この峠を越ゆる者、山中にて必ず山男山女に出逢うより、誰もみな怖ろしがりて次第に往来も稀になりしかば、ついに別の路を境木峠という方に開き、和山を馬次場として今は此方ばかりを越ゆるようになれり。二里以上の迂路なり。

【第六話】

遠野郷にては豪農のことを今でも長者という。青笹村大字糠前の長者の娘、ふと物に取り隠されて年久しくなりしに、同じ村の何某という猟師、或る日山に入りて一人の女に遭う。怖ろしくなりてこれを撃たんとせしに、何おじではないか、ぶつなという。驚きてよく見れば彼の長者がまな娘なり。何故にこんな処にはおるぞと問えば、或る物に取られて今はその妻となれり。子もあまた生みたれど、すべて夫が食い尽して一人此のごとくあり。おのれはこの地に一生涯を送ることなるべし。人にも言うな。御身も危うければ疾く帰れというままに、その在所をも問い明らめずして遁げ還れりという。

【第七話】

 上郷村の民家の娘、栗を拾いに山に入りたるまま帰り来たらず。家の者は死したるならんと思い、女のしたる枕を形代として葬式を執行い、さて二三年を過ぎたり。しかるにその村の者猟をして五葉山の腰のあたりに入りしに、大なる岩の蔽いかかりて岩窟のようになれるところにて、図らずこの女に逢いたり。互いに打ち驚き、いかにしてかかる山にはおるかと問えば、女の曰く、山に入りて恐ろしき人にさらわれ、こんなところに来たるなり。遁げて帰らんと思えど些の隙もなしとのことなり。その人はいかなる人かと問うに、自分には並の人間と見ゆれど、ただ丈きわめて高く眼の色少し凄しと思わる。子供も幾人か生みたれど、我に似ざれば我子にはあらずといいて食うにや殺すにや、みないずれへか持ち去りてしまうなりという。まことに我々と同じ人間かと押し返して問えば、衣類なども世の常なれど、ただ眼の色少しちがえり。一市間に一度か二度、同じようなる人四五人集まりきて、何事か話をなし、やがて何方へか出て行くなり。食物など外より持ち来たるを見れば町へも出ることならん。かく言ううちにも今にそこへ帰って来るかも知れずという故、猟師も怖ろしくなりて帰りたりといえり。二十年ばかりも以前のことかと思わる。

【第二九話】

 鶏頭山は早池峯の前面に立てる峻峯なり。麓の里にてはまた前薬師ともいう。天狗住めりとて、早池峯に登る者も決してこの山は掛けず。山口のハネトという家の主人、佐々木氏の祖父と竹馬の友なり。きわめて無法者にて、鉞にて草を苅り鎌にて土を掘るなど、若き時は乱暴の振舞のみ多かりし人なり。或る時人と賭をして一人にて前薬師に登りたり。帰りての物語に曰く、頂上に大なる岩あり、その岩の上に大男三人いたり。前にあまたの金銀をひろげたり。この男の近よるを見て、気色ばみて振り返る、その眼の光きわめて恐ろし。早池峯に登りたるが途に迷いて来たるなりと言えば、然らば送りて遣るべしとて先に立ち、麓近きところまで来たり、眼を塞げと言うままに、暫時そこに立ちている間に、たちまち異人は見えずなりたりという。

【第三〇話】

 小国村の何某という男、或る日早池峯に竹を伐りに行きしに、地竹のおびただしく茂りたる中に、大なる男一人寝ていたるを見たり。地竹にて編みたる三尺ばかりの草履を脱ぎてあり。仰に臥して大なる鼾をかきてありき。

 

【第三一話】

 遠野郷の民家の子女にして、異人にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。

山に住む者を山人、大男、天狗、異人と表しています。当時、背が高く顔つきも日本人とかけ離れている西洋人を天狗、鬼、山人と言っていたのかもしれません。また里の女をかどわかし、生まれてきた子供を食べたとかは口減らしの意味もあり、山での暮らしがそれほどまでに過酷だった事ではないでしょうか。

また天狗は度々人里にも表れたようですから里の物資も必要だったのでしょう。